苦情相談内容の分析

苦情相談から見たクリーニングの品質

クリーニング業者には、苦情相談を受け[メーカーに問合せ中にお客様の催促により未解決のまま、弁償してしまう][業者責任ではないことが判明した段階でこの結果をお客様に説明した上で弁償額相当の金銭を支払う]「取敢えず弁償してから、原因調査を依頼する」というケースは結構多く見聞きします。依頼者にしてみれば「お客様との関係を悪くしたくない」「早く解決したい」「企業として弱者を守る立場にいる」というのが主な理由なのですが、苦情相談を受ける立場としては「結論を出したにも係わらず、その労力が生かされない」ことは残念なことです。

 それ以上に、ゆがんだ解決法であることが気になります。

アパレルさんはお客様から苦情を受けた時、結論が出るまでの期日を前以て提示したらその前に催促されても動じることはなく、期限が伸びそうなら前以てその旨を連絡し、結果を待って貰います。原因が判明し商品の問題ではなければ、その旨お伝えしてお返しするのみです。例え商品に問題があっても、弁償額はご購入価格であり、損失は原価と苦情後の原因調査費であり、頂いたのはクリーニング代のみで弁償額は購入価格である数十倍以上の金額に原因調査にかかった経費の上乗せなのです。

お客様にしてみれば「クリーニングの苦情はクリーニング後に現れるのだからクリーニング業者処理による事故」と思われがちですが、実際の原因は多様で、いわば製造・着用・保管・クリーニングを総合した変化の顕在化といった方が良いのです。

また、衣料品の変化は衣料品の知識があれば解決すると考えられ勝ちですが、クリーニングが引き起こす場合もあり、クリーニング後の苦情には商品の知識に加えて、お客様の生活習慣、クリーニング作業についても理解していなければ結論が出ないものが多いのです。 

この点を考え合わせると、余程、綿密な対策を講じる必要があるはずなのに、案外無防備なのには驚きます。先に述べた依頼者の言い分に関しても、気持ちは分かりますが、対策は必要です。ただ、クリーニング業者にとってお客様は弱者でしょうか?

 先日、商品の問題を追求していたら、アパレルの指導者から「クリーニング業者が容認している問題を追求することはないでしょう」という忠告を受けました。それでいいのですか?

 

 人任せにするのではなく、もっとご自分の問題として取り組んでは如何でしょう。
手始めに、クリーニングの苦情品内容について考えて見ましょう。

*クリーニングで受ける苦情の内容

苦情内容を原因によって分類すると(1)お客様の取扱いに起因するもの、(2)商品に起因するもの、(3)クリーニングに起因するもの、そして(4)これらの相乗的変化に分けられます。

依頼品の大部分はクリ-ニングに持ち込まれる前にお客様が購入し、使用することにより汚れが付着するのであり、お客様が購入する以前は原材料の加工から縫製まで、多くの関連業者の手を経て製品化し、製造後は倉庫に保管された後、流通業者に渡り店頭に並ぶ等販売経路を辿るのです。これらの経路で表面化しなかった不都合があった場合は、多くの場合、クリーニング後に表面化する結果となるものです。

 

ご理解頂くために項目毎に若干の解説を加えると以下のようになります。

(1)お客様の取扱いに起因する苦情

着用・使用という行為は製品に種々の変化をもたらします。

   身体の作動に合わせて起こる伸縮及び変形

   体内・体外から付着する汗、食べこぼし等

   大気中のガス・光線によるダメージ

   バックや接触物などによるキズ付き

   昆虫やペットによる損傷etc.

 これらの変化にお客様が気付いていて依頼時に申告して頂ければ苦情にはならないのですが、お客様自身も気付いていないケースは非常に多く、受付で発見できない場合は点検ミスとなります。事実、その事例は多いのですが、それだけで片付けられないのが現実です。

 受付の点検は照明を明るくして肉眼で見る程度であり、拡大鏡を翳して見るわけにはゆかないので限界があります。それ以上に水溶性のシミのように乾くと判明し難くなり、クリーニング後に変色となって現れるケース、ニット製品では、発見できなかった糸切れが拡大して孔となるケースなど見逃しやすい事例もあります。

勿論、点検には今以上の工夫が必要と思われますが、不可抗力の変化は避けられません。 

 

 

(2)製造側に原因がある苦情

製造側とひとことでいってもその領域は大変広く、原料から糸・布を作り、染色加工の後、裁断・縫製して商品となって販売するまでの工程には多くの企業の人々が関わっています。

また、メーカーの規模や形態、スタンスによって商品の品質格差は非常に大きく、クリーニングの苦情となる商品には一流メーカーの諸兄には信じ難い事例もあるのではないかと推察します。

しかもクリーニングの店頭で受ける苦情品は販売から数年経過したものも多いのです。(筆者の経験では購入して8年経過しているが初洗いです」という商品がありました)8年初洗いは稀な事例ですが、平均使用年数が経過した商品の苦情は少なくありません。

商品に関する情報はメーカー側が保有しており、最近はIT導入による処理で資料の保有期間延長もありますが、情報が処分されているケースも多いのです。また、性能テストの重複は無駄である上、試験用の生地提供も受けにくいので当所のスタンスとしては、可能な限りご提供願い、その内容が社内基準に合格しているものであり、当所の簡易テストで納得できれば多くの場合その旨、お客様に説明して納得して頂けます。

調査の段階では製品縫いつけラベルの表示者への問い合わせで済むことの方が多いのですが時には表示者の意識が低く、生地メーカー、付属品メーカーに遡って調査が必要となる事例もあります。また、調査の結果で、社内基準に合格していてもお客様が納得されない事例、着用条件により、基準値以上の変化を来たしているものは、やはり製造側の責任といえなくても第3者の証明が必要となります。

製造側に原因がある事例には基準外の生地が使用されている事例、適切な付属品が使用されておらず表示の誤りと判断される事例も多いのです。(表1参照)

また、多くの表示者は生地性能試験に合格すれば品質的問題はクリアしていると考えていますが、試験片と製品化の段階で複合化したものの違いが現実に問題化する事例、確認方法が不十分であった事例も出て来ます。

例えば、接着布の場合、剥離強度はクリーニング処理を繰り返すことにより徐々に低下します。布片で行うクリーニングテストでは外観上、異常が認められない場合で、依頼品をクリーニングし、乾燥の段階で波打ちを発生することがあり、この原因はテストの段階でも接着が緩み、乾燥の際に再接着した、あるいは接着力が低下していたと考えられます。また、布片の試験では合格品であっても詰め物が入った製品では溶剤の含有量が異なります。そのため、予想外に長時間加熱溶剤と接触する結果となり、染色堅牢度結果が変化することがあります。

このような事例から考えると生地段階の品質試験結果は一つの目安、トラブルになった時点で、もう一度見直す必要があると感じます。

このような注意点はあるものの、製造側の苦情処理が当所に持ち込まれることは減少しており、理由として業者の勉強成果と平成12年の品質表示法の改正に起因すると考えます。  

ただ、上記のようなアパレルが未経験の事例はクリーニング業者責任と判断され、納得できないクリーニング業者から相談を受けることがあり、運良く原布が入手できれば再現試験をし、結果に納得して頂いた上でメーカー責任とすることができます。

このほかにインポート品では原布も、品質試験データも入手できず、当所の簡易テストと状況判断で処理せざるを得ない場合、国内で購入された商品にも拘らず、日本の表示が見当たらない商品などが見受けられメーカー責任とさせて頂くことがあります。

表1は当所に苦情相談のあった過去5年間メーカー責任の内訳です。クリーニング前には判別し難いものが多いのですが、事故が発生してからメーカーに問い合わせるのは手間と経費が掛かるのでクリーニング業者には店頭でよく点検し、苦情を未然に予知することをお勧めしています。

(3)クリーニング処理に原因がある苦情

 苦情を受けた段階でクリーニング業者が己のミスと分かった場合、殆ど相談に来ることはありません。

商品の状況を見る限り大方は自己責任のない苦情に対して第3者の証明が欲しいために訪れるのです。

時には己のミスか?と思って相談に見える事例もありますが、どちらであってもクリーニング業者責任という結論に至る場合があります。

それは業界に共通の品質基準がないために、各社で価値観が異なるために発生する苦情であり、お客様の満足度も異なるためのトラブルと云えます。

既成服にはその品質を示す品質表示が義務付けられていますが、クリーニング品には、公的に認められた品質基準がなく、衛生管理に関する規制があるのみです。そのため、品質テストも行わずに堂々と商売ができ、シミ抜き・仕上げに関しても自主的な看板を掲げる処はあっても、「これが自社基準」と意識している店は少ないのではないでしょうか。

故に「こんな仕上げでお返ししているのか」と感じることもあるのですが、依頼者が当所に苦情相談に持ち込む以上は、依頼者自身は仕上げ不良と感じていない物なのです。

尤も自社基準には料金設定も関与して来るはずですから、それを順守可否は別として、洗い、シミ抜き、仕上げに関しては業界としての基準があってもそれは目安で、結果的には双方が納得すれば良いと考えます。

基準がなければ、評価の仕様がないのが事実です。

海外料理店のランク付けの様な基準があれば利用者にも業者の格付けに繋がるのかもしれません。

 

現状は、品質テストには無関心な経営者が多く、それが高品質のクリーニング業者が育ち難い社会を作ってしまっていることを考え直すきっかけにして欲しいと思っているのです。